ジャック・プレヴェール『鳥の肖像を描くために』

 ジャック・プレヴェール ( Jacques Prévert 1900-1977)は、詩人としてだけでなく、童話、シナリオ、シャンソンの歌詞と幅広く活躍した。シャンソンの「枯葉」、映画のシナリオではジャン・ギャバンミシェル・モルガン主演の「霧の波止場」(1938)「悪魔が夜来る」(1942)「天井桟敷の人々」(1945)ういういしいアヌーク・エーメの「火の接吻」(1949) アニメーション「やぶにらみの暴君」(1952/シナリオは読んだがアニメは未見)「ノートルダムのせむし男」(1956)など多数ある。
 そのジャック・プレヴェールの詩に、「鳥の肖像を描くために」(Pour faire le portrait d'un oiseau)というお洒落な一編があり(『ことば』Paroles 所収1945)、エルサ・エンリケスへ(à Elsa Henriquez)と画家への献辞が書かれている。
 エルサ・エンリケスはメキシコの女流画家で、この詩はシャンソンとしても唄われたらしいが、彼女の展覧会に寄せて書かれたものである。プレヴェールにとっての鳥は、自由の象徴であった。
 エルサの絵の入った英語とフランス語併記の絵本(1971)を神田源喜堂で見つけたときは、嬉しくてすぐに購入した。


 まず鳥籠をひとつ描くこと
 ただし戸はあけておく
 それから次に
 何か綺麗な
 何か美しい
 何か役に立つ
 鳥にそう見えるものを描く
 さてカンヴァスを木に立てかける
 庭でも
 林でも
 森の中でもいい
 その木のうしろに身をかくす
 何も言わず
 じっと動かず……
 鳥はすぐ来ることもあるが
 何年も何年もかけたあげくに
 やっとその気になることもある
 がっかりせずに
 待つことさ
 必要なら何年でも待つ
 鳥がすぐさまやって来るか
 ゆっくり来るかは
 絵の出来ばえに関係ないんだ
 いよいよ鳥がやって来たら
 もし来たら
 あくまでも息をひそめて
 鳥が籠に入るまで待つ
 入ったら
 絵筆でそっと戸をしめる
 それから
 籠の棒を一本一本消して行く
 鳥の羽根には絶対にさわらぬように気をつけて
 さて次に木の肖像にとりかかる
 枝もいちばん美しいのを選んでやるんだ
 鳥のためにさ
 さらに描き足す 緑の葉むら さわやかな風
 舞い散る日ざし
 夏の暑さの中で草にひそむ虫の音など
 そうして鳥が歌う気になるまで待つんだ
 もし鳥が歌わなかったら
 よくないしるし
 絵がよくないしるしだが
 歌ってくれればしめたもの
 名をしるしてもいいしるし
 そこであなたはそっと
 鳥の羽根を一枚ぬいて
 絵のすみっこにあなたの名前を書くというわけ。
               (安藤元雄訳)


 女流画家が、キャンバスに戸の開いた鳥籠を描き、左側に綺麗な羽根と花とリボンで飾られた吊るし籠を描く。そしてカンヴァスを木に立てかけて、鳥がおとずれるのを辛抱強く待つ。いよいよ鳥がやって来て、鳥籠に入ったら、絵筆で戸を閉め、籠の棒を一本ずつ消して行く。次に鳥の周囲に葉むらを描き、風を描き、日ざしを描き、虫の音を描く。首尾よく鳥が歌いはじめたら、鳥の羽根を一枚ぬいて絵の右下にサインをする。
Elsa Henriquez と。