2011-01-01から1年間の記事一覧

結城信一と骨細工の小鳥

私がはじめて結城信一の作品に触れたとき、「小説(短篇小説)とはまさにこういうもののことをいうのだ」と思ったが、その味わいは、京都今出川玉壽軒(たまじゅけん)の和三盆「紫野」の口溶けに似ていた。小さくしっとりとつつましく、口に含むと抑制され…

美作八束村とアカシヤの花

御茶ノ水橋を渡り、順天堂医院を右に見て、神田川沿いを歩いて本郷の出版社に行く途中、新宿方向の右岸に、ニセアカシヤ(ハリエンジュ)の樹が幾本も連なっていた。初夏には、白藤に似た花が咲いた。風の強い日には、その白い花房が一斉に水平に煽られてふ…

SUB ROSA(薔薇の下で)と船室のアレクサ・ワイルディング

ビロードのような毛脚があるロココ調の椅子が、整然と船室のように並んでいた。浮き出し模様の深紅の布貼りだった。狭い店によくあるように、片側が鏡になっている。 神保町すずらん通りにあった喫茶店「SUB ROSA」。高校生の頃買った、上製丸背で葉書よりも…

香山滋とウンゲウェーゼン(在るベからざるもの)

香山滋が1971年(昭和46年)に書いた「ガブラ一一海は狂っている」(『妖蝶記』所収/創元推理文庫)という小説がある。 太平洋沿岸の漁村、八幡浜。浜の漁師の兄弟が、海洋学研究所所長で学者の塚本博士の高台の邸宅を訪れる。手にした写真は、沖合で撮った…

「すくすく」編集長と豆本『花もようの子馬』

「あんた、この会社、どう?」と、手許の光源の円い灯りだけがある暗室の闇のなかで、ぼっそりと話しかけてくれたMさん。入社したばかりの頃だった。定員二人の暗室は、先にいても、あとから入っても、誰とでくわすか予想がつかなかった。それぞれが手にして…

霜葉は二月の花よりも紅なり

晩唐の詩人杜牧の作品に「山行」という七言絶句がある。 斜・家・花が韻を踏んでいる。 遠上寒山石径斜 白雲生処有人家 停車坐愛楓林晩 霜葉紅於二月花 遠く寒山に上れば 石径斜めなり 白雲生ずる処 人家あり 車を停(とど)めて坐(すず)ろに愛す 楓林(ふ…

芥川賞辞退の高木卓と『むらさき物語』

「紫匂う王朝の愛の夢! 高木卓は、芥川賞を受けとらなかったただ一人の人である」と帯と袖に書いてあったら、もうその本は買わずにはいられない。 大伴家持を描いた「歌と門の楯」で、太宰治が欲しくてたまらなかった芥川賞を、1940年上半期(昭和15年/第1…

「季刊銀花」と金銀花またはスイカズラのこと

「季刊銀花」が、2010年2月、第161号をもって終刊になった。4〜5月には、善福寺葉月ホールハウスに於いて、「銀花」に連載されていた『“手”をめぐる四百字』の原稿と表紙の変遷の展示と朗読会、朗読劇があった。歴代の編集長や懐かしい先輩方に久方ぶりで再…

A.A.ミルン『うさぎ王子』の豆本

2年ぶりで干支の豆本を仕立てた。 『クマのプーさん』で知られるA.A.ミルンは、「うさぎ王子」という短編童話を書いている。うさぎの姿で長いこと苦労してきたためか、主人公のうさぎくんは、賢くて、とてもひょうきん、人間(うさぎ)が出来ている。運動神…