『ペレアスとメリザンド』とフォーレのシシリエンヌ(シチリアーノ)


 『ペレアスとメリザンド』(Pelléas et Mélisande)は、『青い鳥』を書いたベルギーの劇作家モーリス・メーテルリンクの禁断の愛の戯曲である。
 日暮れの森の中で、長い髪の若く美しい女性が泣いている。通りかかったアルモンド王国の王太子ゴローは、メリザンドという名前を知るが、遠くから来たこと、冠を水の中に落としたこと以外は何もわからない。ゴローはメリザンドを連れ帰り妻にする。
 やがて王国の城にやって来たメリザンドは、暗い城の中に案内され、ゴローの異父弟で若き王子ペレアスと出会う。ともに気に入った二人は、城の庭にある「盲目の泉」で戯れて遊ぶ。
「この泉はかつて盲人の目を開いた奇跡の泉と言われたが、老王アルケルが盲目同然となってからは訪れる人もほとんどいない」とペレアスは語る。メリザンドがゴローから贈られた結婚指輪をもてあそんでいると、それはあっという間に泉の底へと沈んでいってしまった。ペレアスは「落とした時に正午の鐘が鳴っていたので、もう遅くなるから帰ろう」とメリザンドをうながした。
 その晩ゴローは狩で落馬し負傷してしまう。メリザンドが指輪をしていないことに気づいたゴローは激怒するが、メリザンドは「海辺で落とした」と嘘をついてしまう。ゴローはメリザンドにペレアスを同伴させて海辺を探すことを命じる。
城の塔の上でメリザンドが歌いながら髪を梳かしているとペレアスがやってくる。ペレアスとメリザンドは手を伸ばし触れようとするが、メリザンドの手が届かず、彼女の背丈よりも長い髪が塔を伝って落ちてくる。ペレアスはそれをかき抱いて狂喜する。その二人の姿はゴローに見られてしまう。
 翌日ゴローはペレアスを深い洞窟に連れて行き、底なしの沼を見せる。外に出た後でゴローはペレアスにメリザンドの妊娠を告げ、あまり彼女に近づかないようにと警告する。その夜、ゴローが先妻の子イニョルドを肩車してメリザンドの寝室の中を見せると、イニョルドはペレアスが彼女と一緒にいるというのだった。

 ペレアスは遠くへ旅立つ前に、今晩泉で会いたいとメリザンドに告げる。老王アルケルがメリザンドと話していると、ゴローがやってきてメリザンドをなじり、その髪を引きずり回して呪いの言葉をかける。アルケルが制止してゴローは部屋を出て行くが、メリザンドはもうゴローを愛していないとアルケルに話す。夜になり、泉で待つペレアスのもとにメリザンドがやって来る。愛の告白をするペレアス、私もと答えるメリザンド。木陰の闇で抱き合う二人、そこにゴローが現れ剣を抜く。ペレアスは剣を持っておらず抵抗すらできない。しかしなおキスを求める二人を無言で襲うゴロー。ペレアスは斬られ、メリザンドも傷を負い逃げ惑う。
 メリザンドが「小鳥でも死なない小さな傷」によって瀕死の状態にあること、そのショックで小さな赤子を産み落としたことを噂しあう召使たち。横たわるメリザンドに、ゴローはペレアスとの不義の有無を問うが、すでにメリザンドは黄泉の国へ旅立ついまわのときであり、「愛したけれど、罪は犯していない」と答える。ゴローが別室へ下がった時に、メリザンドは誰にも看取られぬまま息をひきとっていた。泣き崩れるゴローにアルケルは「今度はあれが生きる番だ」と小さな赤子を指して、静かに幕が下りる。
 フォーレ管弦楽組曲ペレアスとメリザンド』のなかの、シシリエンヌ(Sicilienne)は、第2幕でペレアスとメリザンドが泉のほとりで戯れる場面の前奏曲として演奏された。メリザンドがゴローに贈られた指輪を泉に落とし、回転しながら底深く沈んでいく情景が、ハープの分散和音に乗ったフルート独奏の美しい音色で奏でられ、私の最も好きな曲である。「フォーレの『鎮魂曲』を聴きながら死んでゆけたなら…」と書いた結城信一さんのように、私もこの曲をエンドレスで聴きながら逝ければと思っている。

 湯川書房版(1988)のカバー絵は、山本六三のカラーエッチング。舞台写真は、メリザンドを演じるサラ・ベルナール