アナトール・フランスの童話『アベイユ姫 』
アナトール・フランスの童話『アベイユ姫 』
ジョルジュ・ド・ブランシュランドは、生まれてすぐに父の伯爵を、三歳の時に母を失う。伯爵夫人は、ジョルジュの行末を案じて、親友のクラリード公爵夫人に、ジョルジュの養育を託して天に召される。その日から、一歳のアベイユ・デ・クラリードは、ジョルジュと兄妹のように育てられた。
ある日、物見台に登った二人は、遠くに青く光る湖を見つけて、お城をぬけだし、湖のほとりまで歩いていく。足が痛いというアベイユのために草のベッドを作り、ジョルジュはひとりで木の実を探しにいくと、水の精オンディーヌたちに囲まれ、水の中のオンディーヌの御殿へと連れて行かれてしまった。
ぐっすり眠っていたアベイユを、小人たちがたんかに乗せて、山のほら穴のロック王の御殿に運んでいった。ロック王はアベイユを一目見て好きになり、大きくなったら結婚して、小人と人間の仲をよくしたいと思った。
ロック王はアベイユにかわいらしい家を建ててやり、宝石や金銀の布や美しい服など、女の子のほしがるようなものは、何でも与えてやった。
けれどアベイユは「王様、わたしをおうちに帰してくれたら、ほんとに好きになってあげるわ」「だれよりも好きに?」「それはだめよ。わたしはお母さまとジョルジュがいちばん好きなの」
王はいろいろな贈りものをしたり、楽しい催しをしたりして、心をこめてアベイユのためにつくし、いつしか六年の月日が流れた。
アベイユは涙を流し、「あなたが心からわたしを愛して下さっているのはわかっています。でもわたしは、ジョルジュのお嫁さんになりたいのです……」
ロック王は、小人の国の学者ニュールのところに行き、ジョルジュの居所を調べてほしいと頼んだ。
「その子は、水の妖精の御殿の水晶の牢に捉えられています」
牢の壁は、小人の国と隣り合わせだった。ロック王は、魔法の指輪を持って旅に出た。町や川をぬけ、山や谷を越え、深いほら穴の奥に入ると、指輪をあてて岩壁をしらべ、ひとつの岩をさぐりあてた。
王が指輪を押し付けると、たちまちその岩は崩れ落ち、美しい光がほら穴のなかに流れこみ、光の方向にジョルジュの姿があった。王はジョルジュを連れてほら穴の道を戻り、まだら岩の階段のところで、「この階段をのぼりなさい。お城の近くに出るから」といって姿を消した。
城へ戻ったジョルジュは、六年前アベイユが小人たちにかつがれて行くのを見た、という話を村人から聞き、鎧に身を固め、楯と槍と剣を持って、小人の国をめざして馬を駆った。
ようやく辿りついた小人の国の門前で、ジョルジュは叫んだ。
「門をあけろ!ジョルジュだ。アベイユ姫をとりかえしに来たのだ!」
門の扉がしずかに開き、中庭に入ると、小人たちがいたるところでジョルジュを見ていた。広間に入ると、正面の玉座に、国王と思われる人がおごそかに立っていた。自分を助けてくれたその小人を見て、ジョルジュは思わず駆けよってひざまずいた。
「あなたが、アベイユをさらっていった方なのですか……」
「わたしは愛する少女のために、君を助けた。愛する人が幸せになるのがわたしの喜びであり、幸せなのだ」
ロック王はジョルジュとアベイユの手をとって重ねあわせ、二人はかたく手を握り合い、王の前にひざまずいて、感謝の意を捧げた。その時、王の目にうっすらと涙が浮かんでいたのに気づいたものは誰もいなかった……。
ロック王は、幼女誘拐をしたわけだが、アベイユには誠実に接し、決して彼女の意に染まぬことはしなかった。それどころか、アベイユの最愛のジョルジュを探し出して、二人を再会させたのだ。
この本は高校生の時に『少年少女世界文学全集Ⅱ期』の中の市原豊太訳を図書館で読み、どこの書店にも見つからなかったので、全編を万年筆で2週間かけて筆写した。句読点ひとつでも間違えないよう、細心の注意を払ったのを思い出す。修正液のあとも随所にみえる。昭和14年の白水社版『アナトオル・フランス短篇小説全集』に収録されている第一巻を入手したのは、ネットが普及した最近になってからだった。
挿画は、「暮しの手帖」1996年2.3月号に掲載された藤城清治の美しい影絵である。