落し文(オトシブミ)と花筏(ハナイカダ)

 初夏の栗の木の下などに落ちている、葉に包まれた2センチほどの箱寿司のようなもの。細長い栗の葉を縦に中表にして、くるくると巻いて、最後に表の緑を見せて巻き止めてある。そのなかに入っているのは、2ミリ位の宝石のようなオレンジ色の卵。卵が孵ると、栗の葉を食べながら成長し、幼虫になってから2週間ほどでさなぎとなり、4、5日で羽化して赤い羽の成虫となる。
 虫の名はオトシブミ。オトシブミの揺籃(巣)作りは、成虫のメスの涙ぐましい努力によって2時間あまりをかけて出来上がる。まず傷のない栗の葉を探し、主脈を残して葉を左右に噛み切り、主脈の裏から水分を抜くために傷を付け、葉を揉み込んだりして柔らかくし、巻きやすくする。そして脚で抱え込んで中表に二つ折りにし、葉先を芯にしてクレープかロールキャベツのように巻き込んでゆく。途中で穴をあけてそのなかに卵を産む。さらに巻き上げて筒状の揺籃を作る。仕上げは、最後の葉の部分を裏返して緑の表を出して巻き止めをする。
 すべての作業を黙々と終えると、メスはかすかに残っている主脈を噛み切って揺籃を地に落とし、少々休憩してから、何の未練もなく飛び去って行く。この虫は、立派な菓子職人になれそうだ。
 オトシブミにはさまざまな種類があって、コナラやクリの葉を巻いて作るごまだら斑紋のあるもの、イタドリの葉を巻く金緑色のオトシブミ、エゴノキの葉を巻く黒いオトシブミ。ズミの葉を巻く茶褐色のオトシブミ。そのほか、アカゾ、クヌギ、バラ、フジの葉なども使われているようだ。オトシブミは、夏の季語。
【落し文】公然と言うことがはばかられる事柄を、自然に人が読んでくれることを期待して、道路などに落としておく匿名の文書。落書(らくしょ)。
 ――三省堂新明解国語辞典』より 


 花筏は、水面に散った桜の葩が流れてゆく様子を、筏に例えたもので、春の季語。
 植物のハナイカダは、葉の中央に同系の薄緑色の小さな花が咲き、やがて青黒い実を結ぶ。花の載った葉を筏に見立ててハナイカダという。花は、本来芽の出来る位置に作られるため、通常は葉に花が付くことはない。この植物の場合、花序は葉腋から出たもので、その軸が葉の主脈と癒合したためにこの形になったと思われる。
 季語や風物、花々を網羅している上生菓子に、やっぱりこのふたつはあった。どちらもちゃんとその時期に並んでいた。「落し文」は、漉し餡を緑の葉っぱで巻き、卵のような白い粒が葉の上に乗っている。「花筏」は、黒豆と赤い餡が、白い 求肥の上皮からうっすらと透けて見える。派手な赤い餡は薄紅になり、色味が優しくなっている。平安朝の襲の色目のごとく。洋菓子は、下の絵具を隠蔽してしまう油彩画、和菓子、特に上生菓子は、滲みを残し、色を重ね、色を透かす透明水彩画のようだ。この透ける美意識が素晴らしい。そして、今散ったばかりのような桜の葩が一枚。こちらは、水面(みのも)に浮かぶ落花の風情である。


(参考文献:『オトシブミ』千国安之輔/偕成社刊 
ハナイカダ」Copyright(C) Atsushi Yamamoto.季節の花300)