「灯」と「抒情文芸」のエレガンス

yt0765432010-07-08

 知的でエレガントな絵が嵌め込まれた雑誌が眼に留まった。「文学界」など大人の文芸誌のようなシンプルさでありながら、ロマンチシズムにあふれている。馬車から今まさに降りようとして華奢な足首を伸ばしている若い女性。馬車の背景はニュアンスのある緋色で、衣装の薄い赤鼠色がタイトル周りの色に選ばれ、品のよい調和が保たれている。点描を混じえた洗練された描線のその画家の名は、浜田伊津子。雑誌の名は「抒情文芸」。はじめて手にした数か月後に、休刊になる運命にあった。
 大衆向の少女雑誌しか知らなかった中学生は、地元高円寺や阿佐ヶ谷あたりで、バックナンバーを集めるうちに、創刊のときは「灯」という同人誌のような誌名だったことを知る。内外の名作や詩にいざなってくれたのもこの雑誌だった。巻末には投稿文芸作品が載り、巻頭二色頁には、選ばれた詩が載っている。洒落た言葉を駆使して常連だった水野晶子さん、後に「水木杏子」になった影沼涼さんらを思い出す。執筆者のなかでは、城夏子の「抒情文芸散歩」、坂本越郎や滝口雅子の詩の紹介、「リリオム」「ピエールとリュース」「憂愁夫人」「明日を逐うて」「ジェニーの肖像」、そして詩人はリルケ、ジャム、グウルモン、シュペルヴィエル、エリュアールなど、ここで教えられた作品は数え切れない。特に、堀辰雄の「聖家族」「ルウベンスの偽画」「菜穂子」に登場する少女の原型となった作家宗瑛(そうえい・片山廣子の娘総子)について記された、城さんのかぐわしい文章は、今も忘れることができない。

 それは六年余の短い期間の刊行だったのにもかかわらず、いまだ私に清冽な影響と印象を残す。結城信一が「束の間の晴れやかな憂愁」と書いた女性のある時期を受けとめるようなかたちで、その雑誌は存在していた。 失われた「エレガンスと含羞」が、そのなかには確かにあった。