落し文(オトシブミ)と花筏(ハナイカダ)

初夏の栗の木の下などに落ちている、葉に包まれた2センチほどの箱寿司のようなもの。細長い栗の葉を縦に中表にして、くるくると巻いて、最後に表の緑を見せて巻き止めてある。そのなかに入っているのは、2ミリ位の宝石のようなオレンジ色の卵。卵が孵ると…

李陸史『青ぶどう』と尹東柱『星うたう詩人』

韓国の詩人李陸史(イユクサ)の『青ぶどう』(伊吹郷訳/筑摩書房1990年)からいくつかの詩篇を拾ってみる。 青ぶどう わが里村の七月(ふみづき)は 青ぶどうの色づく季節 この里の伝説がたわたわ実り 遠くの空が夢見ようと粒つぶに溶けこみ 空の下まっさ…

『メランコリイの妙薬』と『ノスタルジアの妙薬』

レイ・ブラッドベリの短編集『10月はたそがれの国』を読んだのは、中学生の時。赤毛の魔女と大きなトカゲが妖しい建物の前を歩いている表紙の絵に、ひどく興味をそそられたからだ。初めて買った文庫本だったかもしれない。今でも覚えているのは、この中でも…

ジャック・プレヴェール『鳥の肖像を描くために』

ジャック・プレヴェール ( Jacques Prévert 1900-1977)は、詩人としてだけでなく、童話、シナリオ、シャンソンの歌詞と幅広く活躍した。シャンソンの「枯葉」、映画のシナリオではジャン・ギャバン、ミシェル・モルガン主演の「霧の波止場」(1938)「悪魔が…

散逸物語うたのしるべ

『散逸物語の研究––平安鎌倉時代編』小木喬著、笠間書院刊。定価9500円。厚さ6cmの函入りの大冊。神田小川町にオフィスのあった頃、神保町の西秋書店で購めた。まだ売れていない、今日もまだ、と毎日確かめながら、ようやく手に入れた時は、どんなに嬉しかっ…

本郷三丁目と「カミーユとマドレーヌの愛の物語」

本郷も「かねやす」までは江戸のうち、というその「かねやす」の数軒となり、本郷三丁目の駅の近くに洋品店「カミーユとマドレーヌ」がある。 十数年前、仕事帰りに間口の狭いその店に入ってみようと思ったのは、「カミーユとマドレーヌ」が、 フランスのセ…

現代豆本館と三井葉子の『夢刺し』

*現代豆本館と三井葉子の『夢刺し』 大学生の時、『私の稀覯本〈 豆本とその周辺 〉 』(丸ノ内出版)という、当時としてはかなり高価ではあったものの、手にしたからには買わずにはいられない本と出会った。カバーには、西洋の重厚な豆本棚に、革装箔押を…

ロマン・ロラン『花の復活祭』と『獅子座の流星群』

春の芽吹きを感じる3月になると、ロマン・ロランの戯曲『花の復活祭』を思い出す。そして、日暮れの早い11月になると、『獅子座の流星群』に思いを馳せる。それぞれは、ロランがフランス革命に題材を採った一連の戯曲のプロローグ(序曲)とエピローグ(終曲…

ロシアのマッチラベルの豆本『ЯРЛЫК СПИЧКИ』

【一日講習のお知らせ】 昨年から延期になっていた吉祥寺産経学園の「マッチ函に入ったロシアのマッチラベルの本」の講習をいたします。 マンドリンやアコーディオンを弾くルパシカの青年、ケーキをかかげたりスケートをしている少女など、ロシアのマッチラ…

大きな数と小さな数

大きな数といっても、「兆」以上になじみのなかった国民が、その10000倍の単位、京をはっきりと認識したのが、福島第一原発の放射能洩れ事故だった。 京(テラ)ベクレル、といわれてもどれほどの多量さなのか、まるで見当がつかない。しかし、何のためにだ…

津村信夫「荒地野菊」と恢復(コンパレツサンス) の力

――嘗てはミルキイ・ウヱイと呼ばれし少女に―― 指呼すれば、国境はひとすぢの白い流れ。 高原を走る夏期電車の窓で、 貴女は小さな扇を開いた。 津村信夫の詩は「ミルキイ・ウヱイ」とひそかに呼んだ少女、内池省子との出会いと訣れからはじまる。昭和六年、…

個展終了と馬のアドレスブック

2013年11月25(月)〜30 日 (土)の神保町檜画廊での個展が無事終了しました。2ヶ月に亘る入院のあとでもあり、不安でいっぱいでした。この20数年、差し上げる以外は決して売ることのなかった本たちを、知人や元学芸員の方々のお力添えで飾る…

【知の小匣】手のひらの上の小さな本展

24年前の初個展の画廊へふたたび還ってきました。 装丁家として培われた豊富な経験、アンティークを含めた布や革やパーツなどの素材のコレクション、それらが小さな本の外側に生かされています。そして内側には、子供の頃からの詩と古典への原初の情熱が息づ…

中河与一『天の夕顔』と三つの灯り

この夏は、青山の展覧会の直後、緊急搬送され、約2ヶ月を代々木の病院で過ごした。痛みに加えて、取材や講習や仕事、応えられぬことばかり、何もしない日々が続いた。5回目に替わった最後の部屋の頃は、もう杖で歩くことができた。大部屋の西側に大きな窓が…

ロシアのマッチラベルの豆本『ЯРЛЫК СПИЧКИ』

【一日講習のお知らせ】 マンドリンやアコーディオンを弾くルパシカの青年、ケーキをかかげたりスケートをしている少女など、ロシアのマッチラベルをコレクションしたマッチ函に入った豆本『ЯРЛЫК СПИЧКИ』。ラベルは原寸。本は左右58×天地76mm 。内函は赤、…

ジュディット・ゴーティエと東洋ヘの夢

日本に生まれ、西洋に憧れ続けて逝った広津里香とは対照的に、フランスに生まれ、ロンドンとパリ万博でジャポニスム・オリエンタリズムに触れて東洋に憧れたジュディット・ゴーティエは、時にキモノを羽織って日本・東洋趣味の小説を書いた。 彼女は1845年、…

緑の蛇と百合姫のメールヒェンに開示されたゲーテの精神

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『メールヒェン 』 は、『童話』というタイトルに反して、大人にとってもかなり難解な物語である。 鬼火達が渡し守に河を渡らせてもらって金貨を渡すと、渡し賃は地から生えたもの(三つのタマネギとキャベツと朝鮮…

『うたかたの日々』とイグアナの胸膜を開けばサルトル

映画の中の本と言えば、『華氏451度』や『プロスペローの本』、『薔薇の名前』などが思い浮かぶが、もっと爽やかで若々しく、そしてスクリーンの中の本そのものに思わず触れたくなってしまうのが、ボリス・ヴィアン原作、シャルル・ベルモン監督のフランス映…

広津里香『死が美しいなんてだれが言った』と『蝶の町』

1977年1月、朝日新聞3面の記事下5段抜きのカッパブックスの広告が眼にとびこんできた。その大半は『死が美しいなんてだれが言った』という本に費やされていた。[思索する女子学生の遺書]とサブタイトルがついている。著者は29歳で夭折した広津里香(本名…

フォアレディースと寺山修司さんのこと

新書館の「フォアレディースシリーズ」に、寺山修司さんが選者だった「あなたの詩集」という、投稿少女たちの作品をアンソロジーにした本があった。私の詩が最初に載ったのは、第11集『鉛筆のシンデレラ』。「魚のヴァリエイション」という、寺山さん好みの…

三島由紀夫から佐々悌子への手紙

三島が市谷自衛隊駐屯地で自決してから四年後の1974年(昭和49年)から75年にかけて、「週間朝日」に連載された「三島由紀夫の手紙」というひとつの手記がある。元参議院議員紀平悌子さんの若き日の回想録である。この連載は、三島からの手紙というばかりでな…

デュ・モーリア『フランス人の入江』と絵を描く海賊

宝石のような数日間を、生涯に持つことのできる人は幸福である。ダフネ・デュ・モーリアの『フランス人の入江』は、一生にもうふたたびあろうとは思われぬ、そのめくるめく数日間の恋の物語である。 この本は、創元社の大ロマン全集のなかでは『情炎の海』(…

「まくろふぁ・りんくす」と紫陽花の小部屋

紫陽花が通用口の扉の前に咲き乱れている本の小部屋。図書館の奥のその部屋に、放課後集まっているのは、中学生の少女たちだ。東京杉並区の南のはずれ。そこにある公立中学の図書館は、図書室ではなく、独立した建物だった。その小部屋はPTA 用に使われてい…

モノクロ写真と言葉のラチチュード 

モノクロ写真はラチチュード(濃淡の幅)をひろく! と、学生時代の写真の授業で繰り返し言われた。ハイライト(印画紙の白)とシャドー(黒の最も濃い部分)の間に、いかに明度の違う豊富なグレートーンを表現するか、に腐心していた。コダックのプラスエッ…

夢見月、万朶の花のまぼろしは…

夢見月は陰暦三月の異称である。夢見月を迎えると、そっと思い出す情景がある。 大学に入ったばかりの頃、背後から私の肩をつついて、振り向いた手にシュークリームをのせてくれた、クラスメートの男の子。文化人類学や文学や図学製図など、選択科目が一緒で…

豆本『薔薇園のドラゴン』と『キレイちゃんとけだもの』

新宿東口のルミネエストが二代前の名称だった頃、六階の山下書店で平積みになっていた「子どもの館」創刊号(福音館書店刊)を眼にした時の鮮烈な印象は、今も昨日のことのように思い出すことができる。表紙の『太陽の東 月の西』のカイ・ニールセンの絵に負…

結城信一と骨細工の小鳥

私がはじめて結城信一の作品に触れたとき、「小説(短篇小説)とはまさにこういうもののことをいうのだ」と思ったが、その味わいは、京都今出川玉壽軒(たまじゅけん)の和三盆「紫野」の口溶けに似ていた。小さくしっとりとつつましく、口に含むと抑制され…

美作八束村とアカシヤの花

御茶ノ水橋を渡り、順天堂医院を右に見て、神田川沿いを歩いて本郷の出版社に行く途中、新宿方向の右岸に、ニセアカシヤ(ハリエンジュ)の樹が幾本も連なっていた。初夏には、白藤に似た花が咲いた。風の強い日には、その白い花房が一斉に水平に煽られてふ…

SUB ROSA(薔薇の下で)と船室のアレクサ・ワイルディング

ビロードのような毛脚があるロココ調の椅子が、整然と船室のように並んでいた。浮き出し模様の深紅の布貼りだった。狭い店によくあるように、片側が鏡になっている。 神保町すずらん通りにあった喫茶店「SUB ROSA」。高校生の頃買った、上製丸背で葉書よりも…

香山滋とウンゲウェーゼン(在るベからざるもの)

香山滋が1971年(昭和46年)に書いた「ガブラ一一海は狂っている」(『妖蝶記』所収/創元推理文庫)という小説がある。 太平洋沿岸の漁村、八幡浜。浜の漁師の兄弟が、海洋学研究所所長で学者の塚本博士の高台の邸宅を訪れる。手にした写真は、沖合で撮った…